ユキオの手記
この文章は、神無月サスケ(ktakaki@al.is.kyushu-u.ac.jp)が
偶然ネット上で発見した文書を興味深く思い、
加筆修正を加えることなく2001年のクリスマスイブに
さすけの妄想劇場(http://www6.tkcity.net/~ktakaki/mousou/)で
公開することにしたものです。
皆さんにもこの文章によって、ユキオのような幸福が
もたらされることを祈ります。
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[プロローグ]
この文章は、俺のとある年のクリスマスイブの
奇妙な経験を皆に伝えたくて書いたものだ。
これは実話なんだが、残念ながら、俺の名前は
出せない。そこで全て仮名とさせてもらった。
せっかくだから、一人でも多くの人に
読んでもらうため、ネットにばら撒くことにした。
この文書を偶然見つけた人のうち、もし
興味がある人がいれば、それをさらに転載して
広めてほしい。
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[第1章]
俺の名はユキオ。高校2年生。
今日は12月24日、クリスマスイブだ。
キリスト教関係の私立高校に通っているため、
今日はミサに参加してきた。
言っておくが俺は信心など全く無い。
高校の催しだから仕方なく行っているだけだ。
当然、いつもミサは退屈で仕方が無いんだが、
今日は特に憂鬱だった。
なんだかこのあたりで有名な牧師さんだか神父さん
だかを招いて、えらそうな態度で話をしているんだが、
これがもう聞いていられない。
そいつの話をかいつまんで説明すると、
「人に対してしたことは、全て自分に返ってくる、
いいことも、わるいことも。」
「普段からいいことをしている人は、悪いことが
おきてもそれが軽減されるが、普段から人に迷惑を
かけている人は、大事なチャンスを逃がしてしまう。」
とまあ、要するに今時小学校の道徳の授業でも
やらないほど紋切り型の教訓なんだよ。
イソップ童話じゃないんだからさあ。
しかも2番目。なんか仏教のカルマの考えなんじゃ
ないか?って思ったよ。ひょっとしておじさん、
異教徒ですか?って小一時間問い詰めてやろうかと
思ったよ。
何で俺の友達は皆、こんな退屈な話を聞いて
感動してやがるんだ?と思ったね。
まあ、場違いなところに来ている俺も悪いのかも
しれないが。そう、俺はこの高校に滑り込みで
入学したんだが、勉強についていけなくて留年間近。
常に成績は最下位を突っ走ってる。
偏差値の違う奴らとはどうも溶け込めねえよな。
それに、今日このオッサンが言ってた考え方、
いわゆる「因果応報」の考え方が俺は大嫌いだ。
因果応報なんて嘘っぱちもいいところだからだ。
なにしろ俺は生まれつき不幸だ。特にうちの家庭は
もとから貧乏だったのに、この冬、俺の親父がついに
リストラにあってしまって俺はクリスマス
プレゼントももらえない有様。
子供は親を選べない。人間は生まれてきたときから、
親の境遇に大きく左右される。不幸な家庭に生まれたら、
それだけで不幸だ。何をしてもうまくいかない。
そうでなくても、何をしてもどうにもならないことは
この世にゴマンとある。
精力的に頑張って人に尽くした人間が不幸な死に方を
した例だって数え切れないくらいある。
それなのにあの牧師だか神父だかのオッサンは
キリスト教のくせに仏教の概念である因果応報を
説いてる。
これがどのくらいナンセンスか、お分かりいただけた
だろうか。
…まあ、オッサンのたわごとなど気にしない。
それより俺が憂鬱なのは、繰り返すが、
今年はプレゼントももらえないことだ。…といっても、
親父を責めているんじゃない。親父は相当に頑張った。
悪いのは親父をリストラした会社だ。
そして会社をリストラに走らせた不景気だ。
これだって、俺個人ではどうにもならない話だ。
やり場のない怒りが込み上げてくる。
…普段から家が貧乏なのには変わりがなかった。でも、
今年の不景気は特にきつい。ハンバーガーが65円に
なるなどモノが安くなったことで俺は助かっていたが、
失業率がどんどん上がっていて、親父もずっと
リストラにあうかどうか心配していた。
親父は本当によく頑張っていたと思う。とはいえ、
しがない中間管理職。お人よしだけが取り柄。
いつ肩を叩かれるか親父自信も、そして俺も
心配していた。
家族でテレビを見て団欒をしていた時、
7時のニュースだか何だかがついていると、よく
景気の話題になり、そのたびに俺たち家族の間に
しばしの沈黙が走っていた。
そんな中でも親父は、冗談を飛ばして俺たちを
必死に笑わせようとしていた。
ある時は、こんな冗談を飛ばした。
父「俺がリストラされたら、ショックで首つっちゃう
かもな。『鬱だ死のう』とか言ってさ。」
俺「親父、どこでその言葉知ったんだよ」
父「いや、お前が以前教えてくれたインターネットの
あやしげな雰囲気の掲示板だよ」
俺「ひょっとしてあそこに入り浸ってるのか?
あそこの話題は人前で口にするのはやめろよ、
…恥ずかしいから。」
母「ふふふ、2人とも。」
俺の親父がまさか「鬱だ死のう」なんて言葉を
使うとは思わなかったので、思わず笑ってしまったのだ。
それに、俺の親父のことだ。
本当に自殺するわけがない。
もっとも、だからこそこれはジョークとして成立
したのだが。
しかし、実際に会社を首になってしまった。
もはやこのようなジョークは成立しそうにもない。
ただ、失業率5%台、などというニュースが流れるたび、
口ごもってしまう俺たちがいた。
それでも親父はいつもと変わらず俺たちを
元気付けようとして、話をする。
「ついに俺も『鬱だ死のう』を実行しようかな、
今日かな、明日かな」
「待てよ親父、どうせ死ぬなら寿命まで待てよ。
死ぬまで死なないでくれよ。」
…どうも洒落にならない雰囲気が漂う。
もっとも、それならニュースを見るな、と言われそう
だが、この時間帯は俺の親父がチャンネル権を
持っていることは、家庭内での暗黙の了解だったのだ。
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[第2章]
親父も親父で不幸だったが、俺の方もいいことなど
一つもなかった。
最大の問題は、やはり成績の問題だ。
ここんところ、多くの教科で最下位を独走し
つづけている。赤点ぎりぎりセーフの教科と、ぎりぎり
アウトの教科ばかりだ。今回の通知表も、1が
ちらほらと並んでいた。普通この学校の評価基準では
1などつけないことになっているらしいのだが…。
そうして俺はフラストレーションが溜まっていて、
発散するためにいつしか弱いものいじめをするように
なっていた。
…といっても、この学校の生徒ではない。恐らく
制服を着ているので中学生だと思うが、うちの近所に
住んでいるガキだ。
制服を着ていなかったら小学生に見えるくらいチビで、
おとなしそうで、おもわずいじめてやりたくなる顔をしている。
多分、学校でもいじめられているか、そうでなくても
仲間はずれにされているのだろう。
一度数学の定期試験で200点満点中3点を取り
学年中最悪ということで先公から呼び出された帰りに
ムシャクシャしてたので思わず手を出してしまったのが
きっかけだ。
そこで生徒手帳を落として見られてしまったため、
俺はまたおふくろと一緒に校長室に呼ばれるのかと
思っていたが、何もなかった。
そう、そいつは…たしかヒトシとかいう名前だったな…は
告げ口が出来ないタイプなのだ。
俺のいいカモだ。いや、子羊かな。
さしづめ俺は狼ってことだ。
それからというもの、そいつの顔を見るたび、逃げようと
するそいつを捕まえては、罵詈雑言を浴びせ掛け、
時には手を出していじめていた。
俺は今日もストレスが溜まっていた。
学校が終わると一目散に学校を飛び出した。
そいつの顔をもし見かけたら、きっとまた一発殴って
しまうだろうな、とも思ったが、そうそう出会うもの
でもない。
家に戻ってインターネットでもしているうちに
ストレスはきえるだろう、そんな軽い気持ちでいた。
…しかし、自宅近くの公園で、俺は奴の姿を見かけた。
久々の再開。しかも奴は俺にまだ気がついていない。
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[第3章]
彼、ヒトシは、公園のベンチの上で、携帯ゲームを
やっていた。
俺の動物的な本能が湧き上がる。頭に血が上っていく
のが感じられた。
俺が後ろから寄ってきて肩を叩くと、ヒトシは
顔を上げた。俺の顔を一瞬見て、奴は一瞬凍りついた。
そして、恐る恐る口を開き始めた。
「ゲーム欲しいの…?だったらあげますから
許して…ぐふっ」
その言葉は、俺の気持ちを逆なでするのに十分だった。
気が付いたときには俺の拳は奴のみぞおちを殴っていた。
いきなり出会い頭に俺は乞食か?それとも俺は泥棒か?
確かに俺はお前をいじめてきた。しかし金や物を
ぶんどることだけはしてこなかったはずだ。
まあでも、ある意味仕方が無い。
なにしろこういう奴は口下手だ。
口下手だから友達ができなくて、仲間はずれにされ、
さらに友達を作ろうとして必死に努力するんだが、
それがさらにネジが外れたようなケッタイな動きを
させることになるんだよな。
いわゆる悪循環。さらに口を開く。
ヒトシ「今日は、クリスマスイブなのに…そんなこと
していると、サンタクロースから嫌われるかも
しれないよ…」
やっぱりこいつ、頭のネジが外れている。
「プレゼントがもらえなくなる」じゃなくて「サンタ
クロースから嫌われる」とはこりゃまた詩的と言うか
幼児的というか。ひょっとしたらこいつだったら、
まだサンタクロースが本当にいると信じているん
じゃないか、とも思ってしまう。
俺は軽蔑のまなざしをヒトシに向けた。
ユキオ「おあいにく、俺とサンタクロースの仲はもう
冷え切っているさ。お前一人をいじめるかどうかで
関係が変わるような状態はもうとっくに過ぎてる。」
ヒトシ「…じゃあ、僕のクリスマスプレゼントを
あげるから、ゆるして…」
この言葉を聞き、俺はキレた。もう、何をしたかは
これを書いている今では記憶に無い。
こいつの頭が弱いのは分かってる。でも、許せない。
いや、逆に頭が弱い奴だからこそ、こんなに俺を
侮辱するような発言が許せないんだ。
……………
ひとしきり力を出し尽くし、罵詈雑言の限りを
ヒトシに浴びせ、俺の気もおさまった。
ヒトシは、ぐったりしている。ただひと言、
こうつぶやいた。
「もう、限界だ。みんな、僕をいじめる。このままじゃ、
自殺するしかないよ…。」
俺はそんなヒトシを鼻で笑って、その場を立ち去った。
俺はこれまで、「自殺する」と言う奴を何人も見てきた。
でも、彼らの中で本当に自殺で死んだ奴を
見たことが無い。
結局「自殺したい」なんていうのは、かまって欲しい病
なんだ。そうでなければ俺の親父みたいに冗談で
言っているだけ。本当に自殺をする奴が、「自殺する
しかない」なんて言うものか。
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[第4章]
俺はヒトシをひとしきりいじめることによって、少しは
気分が晴れたような気がした。しかし、今日は特に
ブルーだ。なにか胸騒ぎのようなものすら感じる。
ちくしょう、食べあわせが悪かったか?
いや、きっと、皆の幸せな顔が今の俺には毒なのだ。
不幸な俺にとって、周りの幸せほど苦しいものはない。
今日はクリスマスイブ。商店街のあちこちで見かける
クリスマスツリーに電飾。はしゃぎまわる子供たち。
幸せそうなカップル。今年もかなり大変な一年だったが
クリスマスくらいは平和に過ごしたいと思っているのか、
どっちを向いても笑顔ばかり。
俺も無理に作り笑いをしようとするが、顔がひきつって
うまくいかない。
街のノイズに混ざって聞こえてくる甲高い声。
「…ご協力をお願いしまーす」「歳末助け合い募金に
ご協力を…」しかし足を止める人はいない。
一方、向かいの道路には行列が出来ている。何かと
思って人の波を目で追っていくと宝くじ売り場。
3億円の夢に踊らされている連中。日本の全人口の
うち交通事故で死亡する人の割合よりも小さい確率の
1等。
そんなものに淡い夢をかけて貴重な金をドブに捨てる
くらいなら、ここで今その金を大声を張り上げている
お姉さんたちの持ってる募金箱に入れたほうが、
どれだけ感謝されるのかねえと思うのだが、それが
出来ないのが小市民。
おっとっと、俺としたことが何とも道徳的なことを
考えてしまったかな。まあ、俺は別にアナーキーとか
じゃなくて単に合理主義的なだけだよ。誤解すんなよ。
…と、そんなことをしばし考えていた俺の耳に
届く「ありがとうございましたー!」の合唱。募金
活動の姉ちゃんたちだ。おおっと、誰かが募金を
してくれたんだな、よかったじゃん、姉ちゃん達。
誰だろう?と目を細めてその方向を眺めると、
何とヒトシだった。
あいつが見知らぬ困っている人のことを考えて募金を
するなんて。自分のことを限界だと言っていたのに、
よく他人のことまで考える余裕があるなあ。
まあ、お人よしだからこそ、自分のことより他人のこと、
っていう理屈なのかもしれないけどな。
どのみちお人よしっていうのは損な役回りだなあ、と
思う。大抵ああいうやつらって要領が悪い。なんと言うか
何事についても割り切ることが出来ない。だから、
俺の親父だってそうなんだが、会社ではお荷物になって
しまうわけだ。でも実際にはこういう人間が一人もいない
職場を想像してみろってんだ。どれだけ冷たい職場に
なると思っているんだ?あの会社、俺の親父の首を
切ったことを絶対後悔するようになる、いや、そう
なってしまえ。
そんなことが俺の脳内回路を駆け巡った。
不機嫌な気持ちは治まらないのだが、ヒトシを追いかけて
こらしめてやっても、もはやこの気分は晴れそうにも
ない。かといって、ヒトシの顔を見てしまった以上、
どうしてもこのまま逃がしてやりたくない。
俺はそんな複雑な気持ちから、奴に見つからないように
尾行をはじめることにした。奴がひとけの少ない場所に
行くのを待とうというわけだ。
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[第5章]
ヒトシは、俺のことなど全く気がついていない様子だ。
俺も少し離れて尾行を続けた。
しかし、あいつの家とは逆方向だ。
あいつ、どこに向かっているのだろう?
急に興味が湧いてきた。いつしか、ヒトシをもう一度
捕まえようという気分から、純粋な興味に変わっていた。
15分くらいだろうか。市街地を離れ、かなり人通りの
まばらな住宅街に来ていた。ここいらに何があるんだ?
ひょっとしてこの近くにこいつの彼女がいるのか?
というか、こいつに彼女がいたら俺、悲しいぞ、
俺でさえ今シングルなのに……こんな想像を
するだけで俺は楽しかった。ひょっとしてテレビゲーム
なんかよりも楽しいんじゃないの?なんて考えながら
尾行を続けた。
それからほどなく、ヒトシは神社の境内に入っていった。
おいおい、クリスマスに教会ならともかく神社とは、
なかなか独特のセンスじゃねえか。やつが何を
しだすかと思って遠くの木陰からしばらく見つめていると
予想通り手を合わせていた。
何を言っているのだろう?と聞き耳を立ててみると…
「もう、僕は生きる気力がありません。どうか助けてください。
どうしてみんな、僕が苦しむことを平気でするんでしょうか。
これまで我慢してきたけど、もう、限界です。
それに僕は孤独です。
クリスマスプレゼントに、もう物はいりません。
去年はパソコンをもらいました。それでインターネットを始めた
けど、そこでもいじめられています。
もう、欲しいモノはありません。
僕が今欲しいのは、僕を助けてくれる友達です。それと、
僕はいじめられずにすむようになりたい。どうか、そうなる
ようにしてください…」
どうやら、言いたいことを紙に書いて読み上げているらしい。
いつもの語り口調と違ってすらすら話をしている。
そして読み上げた後、千円札を何枚か賽銭箱に入れていた。
あいつ、別にアルバイトなんかしていないんだろう?
お前のお父さんやお母さんが苦労して稼いだ金を、
あんなことのために使うなんて、なんという奴だ、
俺はそう感じた。
…でも、一瞬の後、考えを改めた。どうせお小遣いなんだ
から、どう使おうと勝手だ。くだらないゲームを買うよりは
まあ、有益かもしれない、と。
それに俺にとっては意味不明でも、ヒトシにとっては
必死なのかもしれないからな。無理も無い、「死ぬしか
ない」と言ったくらいだ。その気になれば、自分のなけなしの
小遣いを人のために使い切ることくらい当然なのだろう。
…おっとっと、どうしたんだろうか、俺は。
いつもはこんなに他人の立場にたって考えること
なんて絶対にしない、…というか思いつきもしないのに。
尾行なんかしちまったから、奴に情が移ってしまったのか?
まあいい。俺はヒトシが心配なんかじゃ決して、ない。
だって自殺をするなんて言って、死んだ奴なんて俺は見たことが
ない。因果応報も信じない。あいつは仕返しなんて出来ないし、
いじめの現場も知り合いは誰も見ていない。
因果応報などという道徳…ていうか迷信を信じるよりは
合理的な精神を俺は信じる。あいつは俺のサンドバッグなんだ。
そうだ。いじめたくなるような奴はいじめる。
強いものだけが生き残る……
俺はずっと考え込んでしまい、その場にじっと座り込んで
しまった。
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[第6章]
それからどのくらい経っただろうか。
ふと気が付くと、空はもうあかね色にそまっていた。
現代が舞台のRPGなら、イベントクリアしたので
帰宅、といったところだろうか。
胸のポケットに入れておいた携帯電話が振動している。
…どうやら俺はうとうとしていたらしい。携帯の
振動に起こされたようだ。
ユキオ「はい。」
「ユキオ、お父さんだ。…ごめん。俺、
今から、死ぬ。お前たちを残して死ぬことを、
許してくれ」
ユキオ「…この忙しいときに、冗談はやめてくれ。」
「…実は、前々から黙っていたんだが、リストラされた
直後から、準備をしていたんだ。今、車の中がガスで
満たされている。
私にはもう、限界だったんだ。」
ユキオ「おい、マジかよ…念のため聞くが、どこに
いるんだ?」
「………」
ユキオ「おい!?親父!?」
…いや、今こうやってこの文章を書いている俺だって
信じられないでいるよ。絶対に冗談だと思っていた。
でも、そのまま家に電話したら、おふくろが、遺書を
みつけたって言う。…冗談にしては悪すぎじゃないか?
いや、俺は信じないことにした。
サラリーマンが自殺する話はよく聞くが、俺の親父に
限って言えば…俺の親父に限って言えば…
限界だった…
俺、ヒトシに何って言ったっけ……
………弱肉強食………いじめられる奴はいじめられる…
お人よしは損……それ、俺の親父についても
あてはまる………でも、俺の親父の肩は持ってた…
……。なんて自分勝手だったんだ。
それから、………
………因果応報………。
自分のした悪いことが…自分に返ってくる…
なんてこった。それじゃ、俺の親父の自殺という形で
俺に返ってきてしまったのか?
…いや。俺は認めない。そんなの、ただの偶然だ。
それに、冗談好きの親父のことだ。また、悪い冗談に
決まってる。あんな掲示板を見ているから、
こんな冗談を言うようになったんだ。
俺は、そう自分にいい聞かせて、立ち上がった。
取り敢えず、今すぐここから立ち去りたかった。
…どこへ行く?そんなの分からない。ただ、
動いていないと恐ろしい思考に支配されそうだから。
そして神社のお堂の裏まで歩いてきたとき、
俺は見てしまった。
………木にぶら下がっているヒトシを。
首を吊っていた。
今度は、実物をみてしまった。もう、疑うことは
できない。…でも、
…うそだ。あいつは「死ぬ」と言っていたが、
自殺なんか出来る奴じゃない。
足元には、先ほどヒトシが読み上げていた文章があった。
最後に「もう、僕はたえられません。たとえ地獄に
行ってもいい、今の生き地獄から逃げ出します」と書き
足されていた。
…うそだろう?うそだと言ってくれよ、ヒトシ。
単なる人形だろう?とか、幻だ、とか、自分に言い
聞かせた。しかし、紛れも無く、目の前にぶら下がって
いるのはヒトシのなきがらだった。
ゆすぶってみたが、反応はない。それどころか、手の平や
顔の冷たさが何よりもそれを物語っていた。
…俺は、怖くなってきた。俺、こいつをいじめていた時は
こんな奴、死んでしまってもいい、と思っていた。
それどころか、死んでしまえとすら思った。勿論、
殺してしまったらとんでもないことになるのも十分
分かっていたが、その言い訳に、「絶対にこいつは
自殺なんてできないから大丈夫」と言い聞かせて
いたのだ。
…でも、もう、後悔しても遅い。俺は間違いなく、
逃げられない。でも逃げる逃げないの問題ではない。
俺は人を殺してしまったんだ。あれほど楽しんで
いじめていたのに、つけはまわってきた。
…一度死んでしまった人間は、生き返らない。
…そんなこと、理屈では分かっていた。でも、
目の前で人が死んでいる。それも、俺が原因で。
俺、どうやって責任取るんだよ?
なぜ、もっと早く気が付かなかったのか。なぜ、
もっと早く、冷静さを取り戻せなかったのか。
ああ、神様、もし時間がまき戻せるのなら、
今度はしっかりやります。もう、弱いものいじめは
しません。ストレス発散には、スポーツをやります。
悪いことをしたら、僕に悪いことが降りかかって
くるのは分かりました。これからは人のために
頑張ります。
…必死に頭の中で神仏に祈りをささげた。
馬鹿だな、俺は。信心なんて無かったんじゃないのか。
なぜこんなときだけ神仏に祈りをささげるんだ。
困ったときの神頼みじゃ、助けてくれないよ。
俺だってそうだ。困ったときだけ都合のいい事を
言って来る奴を助けようなんて、よほど機嫌が
よくないと出来ないよ。
体中に悪寒が走る。もう、足が震えて、動かすことも
出来ない…めまいがしてくる…。
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[第7章]
「大丈夫ですか?」
目を覚ますと、作務衣を来た中年男性がいた。
どうやら神主さんらしい。
相変わらず空は茜色だった。
俺は覚悟を決めていた。
やってしまったことはどうしようもない。
これから、正しく償いの道を生きるだけだ。
「一緒にお堂の裏に来てください。
俺は、自分のやったことを償う覚悟が出来ています」
作務衣の男性は、怪訝そうな顔をしている。
「あなたは何をしたのですか?」
「お堂の裏にくれば分かります」
しかし。そこにヒトシの死体はなかった。
「あれ?」
「夢でも見ておられたのではないか」
「…」
俺は、信じられなかった。
ついさっきまでは、俺が人を殺してしまった
現実を信じられなかったが、それを受け入れたところに
再び、どんでん返しが訪れるかもしれないのだ。
俺は希望を胸に、親父に電話をかけた。
ユキオ「もしもし、俺です。」
父「もしもし、俺だが。」
ユキオ「おい、親父、生きているか?」
父「何を言っているんだ?」
ユキオ「じゃあ、生きているんだよね?生きていくんだよね?」
父「…???ユキオ、どうした?
…そういえばクリスマスプレゼントかってやれなくて
本当に申し訳ない。今、職安を回っているんだが、なかなか
厳しいらしくて…」
ユキオ「ううん、いいんだ、そんなこと…」
言いようの無い安堵感が俺の全身を覆った。
そうなんだ、あれは全部夢だったんだ。
…そして俺はこうやって前科を負う事はなくなった。
しかし、ここで安心してまたいじめを続けるかって?
もちろんノーだ。俺は、そこらの奴とは違う。
言っただろう?合理主義だって。
せっかく与えられたチャンスなんだ。再び反省せずに
同じ行動を繰り返して、また前科を負う現実を選ぶ
のは無意味だってこと、…ちょっと冷静になれば
すぐわかるはず。
俺は、足早にヒトシの家に向かった。
俺を許してもらうためだ。
ヒトシには悪いことをしてきた。俺はヒトシに
してきた罪を償って死んでしまったとしても、仕方が
ないのだ。
足早に走りながら、これまで俺がヒトシにしてきたことが
次々に浮かんでくる。
もし、仮に立場が逆だったら?それを考えるだけで
ぞっとする。でも、因果応報。反省しなければ、
きっと明日はわが身。
勿論、そう簡単に許してもらえるはずなどあるまい。
ヒトシの怒りを考えると、俺も歯の2,3本折られる
覚悟など出来ている。男というもの、それだけの覚悟を
以って挑むべきことがあるのだ。男というもの、
自分のしたことの始末をつけるべき。これは何より先に
俺自信のプライドの問題でもある。
こうして、ヒトシの家に到着。
呼び鈴を鳴らす。出てきたのはヒトシだった。
俺は土下座してあやまった。
「俺を、許してくれ」全身で言ったのはこれだけだ。
ヒトシも、もはや弁解の言葉など聞きたくないだろう。
ほどなくして、ヒトシの母親が出てきた
「あら、その子は誰?」
ヒトシは、母の方と俺の方を交互に目配せしながら
言った。
「僕の、友達です。」
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[第8章]
俺は一瞬、信じられなかった。俺をあれほど憎んでいた
はずのヒトシが、俺を赦すどころか、友達だと呼んで
くれたこと。そして同時に、そんな言葉に素直に
喜んでいる俺がいたことだ。数時間前まで、
「いじめてやりたい奴」だった。それが、この言葉だ。
俺たちは、次の瞬間、手を強く握り合っていた。
その夜は、遅くまでヒトシの家で過ごした。
なぜかは俺にも分からない。いや、ここまでの流れを
改めて整理すれば一目瞭然なんだし、この手記を読んでいる
皆さんも「理屈としては」納得するだろう。
しかし、理屈を超えたものがそこにあった。
合理主義の俺が、合理的に判断できなかった瞬間でもあった。
ヒトシは、インターネットをしているという。
勿論、俺もサイバージャンキーと呼ばれているくらいの
マニアだ。いろんなことを教えてやった。
…そう、俺は学校では、全くのドロップアウトだ。
当然、友達から勉強を聞かれることも無かった。
だからこそ俺は、「人に物を教えるなんて、俺には向かない」
なんて言っていた。でも、こうやって人に物を教えて、
こんなに充実感を感じている。これは何なのだろう。
「そうか、ヒトシの掲示板が荒らされるのは、暴言や
荒らしに近い発言にまで律儀にレスをつけているからなんだ。
ああいうのは、反応するから楽しむんだ。
放置しておけばそのうちいなくなるさ。それでももし
しつこいようなら、アクセス制限という手がある。こいつも
難しくないから、その都度教えてやろう…」
なんか人生の先輩になったような気分だった。実際、そう
だったんだ。俺の目は輝いていたが、ヒトシの目も
輝いていた。自分にとっては当たり前のことでも、
周りの人にとっては新鮮なのだ。最もそれを求めている人に
それを与えること、それが最高なんじゃないだろうか。
因果応報…人にいいことをすれば、自分も幸せになれる。
なんてこったい。俺が朝、神父さんか牧師さんか知らないが、
その人のことをさんざん馬鹿にしていたのに、その夕方に
本当の意味を、身を以って知ってしまうなんて。
でも、本当によかった。
こうして、俺のイブの夜はおごそかに過ぎていった。
こんな気分だから、俺は世界中の皆の幸せを願って、
ひと言。
メリー、クリスマス。
------------
[エピローグ]
こうして俺は、ある意味幸せになることができた。
この手記はこうしてハッピーエンドでつづることができて
本当によかったと思っている。
もし、自分の都合でいじめをしている人がいたら、
今日という日に、せっかくだから自分のおかれている
状況を内省したらどうだろうか。
何事も最悪の事態になってからじゃ遅いんだ。
にしても、くさいことをいうようだが、今回の
経験が、俺にとっての最大のクリスマスプレゼントだった
のかもしれないな、と今になって思うんだ。
人間、こういう経験をすると、変わるもんだよ。
p.s. 俺がこの手記を書いてからもう何年も経った後、
酒の席で親父がふとおれにもらしたんだ。
「俺はあのクリスマスの日、実を言うと何を血迷ったか、
自殺しようと思っていたんだ。しかしお前の切羽詰った
電話を聞いて、家族のことが頭に浮かんで、もう一度
頑張ろうと思ったんだ。」
俺は、その声を聞いて、涙が止まらなかった。
案外、最後の最後で思い出すのは、俺たちが一番ウザイとか
感じている家族なのかもしれないな。
----------
[END]
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