続・ユキオの手記

この文書について:
今年も、ユキオ氏が手記を書いたようです。
読んでいて興味深かったので、彼の許可を得て、
神無月サスケが自分のHPに転載することにしました。

[転載者情報]

神無月サスケ(ktakaki@al.is.kyushu-u.ac.jp)
「さすけの妄想劇場 Ver.3」

http://www9.ocn.ne.jp/~ktakaki/mousou/

なお、神無月サスケは、
文章の正確さなどは保証しません。
あくまで小説として楽しんでください。

[序章]

午前2時。
おふくろが俺の部屋に入ってくる。
「ユキオ、まだ起きていたの?
明日も学校あるんでしょう?早く寝なさい。」
「分かったよ、おふくろ」
「数日前、担任の先生から電話があったのよ。
あんた、最近遅刻が増えているみたいじゃない」
「…ああ、明日は遅刻しないように気をつけるよ」

こうして、俺の夜はふけていく。

[第1章]

俺の名はユキオ。現在、高校3年生。
この時期、受験勉強で忙しいんじゃないかって?
いやいや、俺は就職組だ。
しかもありがたいことに、
おかげさまで就職が決まった。
とある中堅会社のプログラマーとして内定をもらった。
受験生のクラスメートを尻目に、俺は一人で
余裕のある生活を満喫しているんだ。

俺はいわゆるコンピューターマニアだ。
面接のときに自作のプログラムを持っていき、
それで実力を見込まれて、内定が決まったんだ。
自称ハッカーだ。誤解するなよ、クラッカーじゃねえぞ。
周囲の技術の教科書でコンピューターを勉強している
就職組でエンジニア志望のクラスメートも
なかなか内定がとれずに苦しんでいる。
当たり前だ、コンピューターなんて勉強するもんじゃなくて
使いながら興味を持って学び取っていくもんだろう。
くそ真面目に教科書なんか読んでんじゃないよ。

にしても、年の瀬。一年を振り返る。
今年一年も話題に事欠かない年だったな。
俺は今年の初めには、ワールドカップが最大のニュースになると
思っていたのに、大きなニュースが連続して起きた。
北朝鮮から拉致被害者帰国の話はもとより、
ノーベル賞の話なんかもあって、景気を除いては
明るいニュースが多かった気もするな。
俺は田中耕一さん、好きだぜ。

しかし俺にとって一番大きなニュースはコンテストパークが
終了してしまったこと。今年5月のことだった。
そりゃないぜ、俺が今作っているゲームを応募しようと
思っていた矢先のことなのに。

そう、俺はツクールにも興味がある。
いわゆるツクーラーって奴だ。
え、プログラミングは出来ないのかって?
もちろん、出来る。でも、一人でプログラムでRPGが作れるか?
労力を考えると、ツクール使ったほうが絶対にいいと思ったよ。
もちろん、世の中にはスクラッチからプログラムを組んで
RPGを作り上げる猛者もいる。俺は尊敬しちゃうぜ。

俺がコンテストパークに応募した作品は結局1つだけだった。
ツクール2000で作ったんだが、結局努力賞どまり。
5000円分の図書券を貰っただけだった。その図書券は、
金券ショップでお金に換えた。4300円になったっけ。
ま、1ヶ月で作ったゲームだし、その程度のもんだろう。

一方、今制作中のゲームは、そんな手抜きのもんじゃない。
俺の思い、主張、全てを込めた凄いシナリオにするんだ。
凄いのはシナリオだけじゃない、世界観、ゲームバランス、
どれ一つをとっても凄い作品にするんだ。
俺という人間の自己の結晶を作り上げるんだ。

しかしそんな俺も今、焦っている。
なぜかって?残された時間が少ないからだ。
繰り返すが、俺はもう4月からの仕事が決まっている。
プログラマーになるんだ。
プログラマーの仕事っていうのは並大抵じゃない
忙しさだ。そうでなくても仕事をはじめてからは、
忙しくてツクールなんていじれない日々が続くだろう。
だからこそ、研修が始まる前、年度末までにゲームを
作り上げないといけないんだ。
…そして今の俺の制作ペースからいくと、
それはぎりぎりの計算になるんだ。
だから、今の俺にとって、ツクールは青春なんだ。
学生時代の有終の美を飾るツールなんだ。

…というわけで今夜も頑張っている。
おふくろには申し訳ないが、
きっと明日も学校には遅刻してしまうだろう。
でも、俺だって計算しているんだ、
出席日数の3分の1までは遅刻はかまわない…
…俺はまだまだ遅刻してかまわない…
だから今夜は遅刻をしてツクールを優先する。

こうして、俺は午前4時までツクールをやってから
床についた。
おっと、読者の皆に忠告だ。
くれぐれも、進学を考えている中高生たちは、
俺の真似はするなよ。…だれも真似しないと思うが。

[第2章]

こうして俺は目を覚ました。既に午前9時半。
ゆっくり支度をして学校に向かう。

この時期、朝が寒くてやってられない。
受験生の皆は、1時間目が始まる前の補講のため、
朝7時半に登校している。
本当にみんな真面目だと思う。
規則正しく生活、早寝早起き。
確かに本来はそれがいいのかもしれない。

でも、規則正しい生活ってそんなに大切なのか?
俺の答えはノーだ。
俺の内定が決まった就職先なんか、フレックスタイムだぜ。
午前11時から午後3時までがコアタイム。
逆にいうと、午前11時に出社してもかまわないんだ。
就職してからも、朝7時に起きる生活とは無縁でいられるんだ。

そもそも、開発職ではフレックスタイム取ってるところが
多い。なぜか?それが一番だからだと思う。
プログラミングみたいな知的労働は、やる気のあるなしで
生産性が大きく変わる。やる気のある時に一気にやる。
これが一番だ。時間なんかに縛られるのはナンセンスだ。

実際、俺の先輩プログラマーから聞いたよ。
プログラムの仕事が一番はかどるのは、
朝まだ誰も出社していないときか、
みんな事務職が退社して静かになったときだ、って。
プログラマーを事務職と一緒の時間帯に働かせても
必ずしも生産性が上がるとは限らないんだぜ。

そんなことを考えながら登校。既に時計は10時45分。

授業を受けているところに俺が堂々と前の扉から
教室に入ってくる。クラスメート達の視線が一瞬
俺に集中するが、すぐに何事も無かったかのように
元の状態に戻る。
そう、俺は遅刻の常習犯。だからこれだけ遅れても、
もはや誰も気にとめる奴もいない。
先生も俺をとがめない。「なんだ、しょうがない奴だ」
ってな感じだ。まあ、就職が内定した学生だしな。

何事も無く席について教科書を広げる。
ああ、ねむいな。もうひと眠りするか。
机の上で教科書を枕にうとうとする。

[第3章]

さて、今日の午後は、講堂で講演があるらしい。
俺の高校はキリスト教系で、毎年この時期になると
どっかの偉い牧師さんだか神父さんだかを呼んで
講演を行うんだ。

毎年これが聞いていて激しく眠気を催すタイプの
ものなんだよ。なんていうか話の内容が紋切り型でさ。
勘弁してくれよ、って感じ。

サボっても別にいいんだが、とりあえずおとなしく
聴く事にする。なにしろ、つまらないなら睡眠時間に
換えればいいだけのことだ。
俺にとっては、心の中で突っ込むのが楽しみの一つなんだ。

で、黙って聞いていたけど、今年のテーマは
「忍耐の大切さ」だとよ。
一つの理念に向かって信念を持ちつづけて
成功するっていう。石の上にも三年ってやつか。

毎年思うんだが、みんなこんな話をよく
真面目に聞いていられるなあと思うよ。
俺は突っ込みたくてうずうずするね。

忍耐って何だよ?
そんなに忍耐って必要なのか?
まあ宗教に関わる人はそういう観念論の方が
高く評価されるのは分かるけどさ、
学生や社会人にはあてはまらないんじゃないの?
今は忍耐よりも情報収集と判断、要するに『要領』の
時代だぜ。
…そんな風に思ったよ。

講演では、
ケンタッキーフライドチキンのカーネルおじさんの
話をしていた。どうやら災害などの
逆境にもめげず、自分の手元に残った
唯一の財産であるチキンのレシピを
買ってくれるところを見つけるまでに
1000回以上も断られつづけても
あきらめなかった話をしていた。
これは、興味深かったね。

…100件でも凄いのに、1000件以上回るとは、
凄いと思ったよ。俺は30件であきらめたのに。

俺はRPGツクール2000で今ゲームを作っているけど、
実は俺はその企画書をいろんなゲーム会社に
持ち込んでいたんだ。「完成したら、
これをα版として家庭用に移植して
商品化してくれないか」って。でも、どこも門前払い。

「うちには企画を専用に受け持つ
スタッフがいるから、持ち込みは受け付けていない」
「ツクールではなくプログラムで組んできなさい」
「プログラムやCG作成が出来る開発チームが
そろっていないと話にならない」
「そもそも商用に堪える企画ではない」
「企画書を見る限りでは面白そうだが、
マーケット的に売れるとは思えない」こんな感じだった。

でも、カーネルおじさんの話を聞いて、
もう少し頑張ってみようと思ったよ。

…数秒で考えなおしたけど。

だって、大切なのは忍耐じゃなくて、要領なんだ。
俺の失敗は、数打ちゃ当たるとばかりに
企画の内容も会社の内容も吟味せずに
持ち込んでいたことだ。それより先にやることがある。

カーネルおじさんの場合は、レシピが洗練されたもの
だったからよかった。実際ケンタッキーのチキン、
好きだし。一方、俺の場合
ゲームの企画の方を先に改善したほうが
絶対にいい。ていうか3社断られた時点で
それをすべきだった。

この場合大事なのは、忍耐じゃなくて、
状況判断の方だ。

あと、持ち込む会社の情報を知らなかったこと。
せめて何を作っているのかくらい調べておくべきだった。
それに今では内部事情のたれこみをネットで
知ることも出来るし、
それ以外にも様々な情報をキャッチできる。
それを参考にすれば、やみくもに持ち込むよりも
はるかに合理的だっただろう。

大事なのは、忍耐じゃなくて、
要領…今回の場合情報収集のコツの方だ。

…こんなことを考えながら、今日の講演は終わった。
いやあ、例年と同じ、くだらないものではあったが、
それを触媒にしていろいろと考えさせてくれた点では
非常によかったのかもしれない。

しかし『忍耐』。
このキーワードから思いつくことは尽きない。
帰りのホームルームでも、先生の話そっちのけで、
忍耐のことばかり考えていた。

…忍耐が大切だというけれど、
そもそも一体いつまで我慢すればいいんだ?
忍耐を標榜する人は
努力すればいつかはいいことが訪れる、とよく口にする。
でも、忍耐するだけして、報われないということは
よくある。そういう人は運が弱いといえる。

かくいう、俺が「運が弱い」典型例だろう。
いつもハズレくじばかり引かされてきた。
勉強しても成績が上がらないし、
友達も出来なかったし。

そんな中、就職の内定を人より先につかんだのは
グッドニュースだった。
しかしこれは、忍耐の成果というより、
自分の好きなことを優先した結果だからな。
…な、人生って、パラドックスだろう?
忍耐して勉強を続けて得た技能よりも、
遊んでつかんだ技能の方が身を助けたんだ。

しかし、それ以外のことは、本当にハズレくじだった。
まあ、それはそれで観念しているんだが、
周囲にいい友達がいないというのは
やはり淋しいもんだ。
いい友達に出会うにも忍耐が必要ということ
なんだろうか…?
…そんなことを考えながら、
ふと、ヒトシのことを思い出してしまう。

[第4章]

ヒトシの話題が出てきたから、
こいつのことを読者のみんなにも紹介しておこう。

俺はRPGツクール2000でゲームを作っていると話したけど、
今は一人で作っているが、
以前はヒトシと共同制作をしていた。

ヒトシというのは去年のクリスマスに知り合った友人だ。
ネットでも現実世界でも苛められているという、
守ってやりたくなるタイプだ。

いつしかヒトシと俺はかなり仲が良くなっていた。
会わないときでも、メールのやり取りなんかもしていた。
俺は携帯電話を持っていないのでもっぱらパソコンで、だ。

なかなか、いろんな話が出来る仲になっていた。
いわゆる親友ってやつなのかな。
夜、ファミレスでいろいろと話をしたときも、
俺はお金がなかったけど、あいつはいつも俺に
おごってくれた。

数ヵ月後、ツクールで一緒にゲームを作る計画を
立ち上げた。当時、俺もお金を貯めてようやく
RPGツクール2000を買ったところだった。
メインの作業は、コンピューターに詳しい俺が
することにした。一緒にシナリオを考えたり、
素材について話し合ったりしたもんだよ。

しかしそれからほどなくして解散してしまう。
…ゲーム制作をやめただけじゃなくて、
つきあいそのものをやめてしまったんだ。

理由はなんだろうか…いろいろとある。

表向きに言うと、「方向性の違い」だ。
ロックバンドでメンバーが変わるときに言う常套句だけど、
それを身をもって知ったよ。

しかし、それでは共同制作をやめた理由にはなっても、
付き合いそのものをやめた理由にはならないよな…
…仕方ない。ここの話は避けて通れないから
思い切って話そう。

一言で言うと、価値観の違いに嫌気が差したんだ。
いろいろあったんだけど、
一つだけ、話をしよう。

ヒトシは、「頑張れば夢はかなう」だなんて
考えを持っている。
しかし、俺はこの考え方には反対だ。
「努力しても夢が叶うかどうか分からない。
それを承知の上で夢を追い求めるべき。
努力が無駄になることが嫌な奴は
おとなしく堅実な道を歩け」と思う。

頑張っても夢が叶わない人間はいるんだぞ?
そういう人間はどうするっていうんだ?
大体だな、もし「頑張れば夢はかなう」という命題が
正しいとしたら、
その対偶の「夢がかなわないなら頑張っていない」も
正しいことになる。

俺は夢が叶わない。頑張っていないとでもいうのか?

そう決め付けるのか?

それって酷ってもんじゃねえのか?

むしろ「頑張っても夢がかなわないことがある」と
考えるのが自然じゃねえのか?

しかもそのことを話したらそいつ、
「今のユキオさんには余裕が足りません。
冷静になってくれば、今は忍耐の時期だとわかるでしょう」
だとよ。年下の分際で、一体何様のつもりだ?

さっきの講演と一緒だ。
「忍耐」が必要だというけれど、
忍耐なんて、夢を叶えるのには大して
役に立たないことが多い。
忍耐よりも要領だ。

…たしか当時そんなことを言ってヒトシを
怒鳴りつけたっけ。

結局、こうして俺は孤独になってしまった。
そう、クラスメートとも深いつながりのない俺、
今の交友関係といったら、ネットでメールのやり取りや
チャットをする仲間くらいしかいない。
そしてそういう関係は非常にもろい。

…でも、それはヒトシの方も同じだっただろう。
あいつ、クラスメートとなかなか話題が作れない、
俺となら何でも話が出来る…そんなことを
しきりに話していたからな。

奴も不幸になっただろうし、俺も寂しさを感じている。
結局人間、助け合っていった方が利益になることも
あるのかな…柄に無くそんなことも考えてしまった。

…おっと、誤解するなよ、俺は人道主義でも、
倫理道徳を重んじる人間でもない。
合理主義なだけだ。あくまで一緒にいた方が
「お互いの利益に」なったかも、と言っているだけだ。
実際、俺は口論を反省するつもりはない。

そうそう、余談だがその後、
ヒトシは自分でツクール2000のゲームを
発表したみたいだ。
コンテストパークに応募していたっけ。
でも、落選してしまい、激しくめげていたな。
それだけならまだしも、匿名掲示板で
叩かれていた。あそこはたちがわるいからな。

つくづく、ヒトシは不肖な奴だと思う。
仮にその時、俺がまだあいつと一緒だったら、
俺は慰めることも出来たし、
苛められているあいつのためにいろんなことが出来た。
しかし一方であの口論で既に縁は切れてしまったと
思っているから、助けてやる気はない。

結局、俺はヒトシとは縁がなかった…
そんな風に割り切ることにしている。

…こんなことを考えているうちに、
今日も学校が終わった。

[第5章]

下校の帰り道、パソコンショップに寄る。
PCゲームのコーナーに行くと、
なんとツクール2003を見かける。
お、発売日にきちんと出ていたんだ。
そういえばネットでも評判があったよなあ…。

しかし定価が9800円。
店頭価格も9270円かよ!
これじゃ他の店でも8000円を下るところは
なさそうだな。高すぎるよ!俺には金がねえんだ!
2003と銘打つなら、2003円にしてくれても
いいんじゃねえのか?

うちはオヤジがリストラにあって失業中なんだよ!
失業手当で生活しているんだぞ!
一時期の俺なんか新聞配達して家にお金を入れていたんだぞ!
先生からも親孝行者って言われていたんだぞ!
なのに9800円って何だよ!手が届かねえよ!
一時期のスーパーファミコンのソフトじゃないんだぞ!
アカデミックパック(学生証を見せると割引してくれる)出せよ!
…別に学問に使うわけじゃないし、さすがにアカデミックパックは無理か。

…と、ひとしきり腹を立てた後、エンターブレインも
商売でやっているから仕方ないか、と思い直す。
なにしろ俺だってプログラムを組んで食っていくことになる身。
経営判断の上で決められた値段だろうし、
文句は言うまい。

経営判断といえば、結構いろんな要因が重なって、
バグが残ることは覚悟しつつも早く出さないといけない事情が
あったみたいだ…おおっと、これは匿名掲示板から仕入れた
情報だ。信用するなよ、みんな。
だとしたら、プログラマーはある意味被害者だよな。
バグが残っていると分かっていつつ、出荷しないといけない。
当然、ネットで激しく叩かれる。休日返上で急いでパッチを出す。
…くわばらくわばら、俺だったらストレスで胃に
穴があくかもしれない。
でも将来、俺も仕事で同じ立場にならないともいえない。
やはりプログラマーってのは、ある程度のストレスに
強くないとつとまらないのかもしれないな。

まあ、ソフトウェアなんてバグはつき物。
それに、複雑なソフトほどデバッグにかかる工数が
指数関数的に増えるものだ。ツクール2000なんかだと
全部テストするのにどれだけかかったんだろう。
テストケースの数を考えるだけでも俺は頭痛がする。
やっぱプログラマのOJさんを素直に尊敬するよ。
で、ツクール2003は…うーん、パッチが出るのを
ゆっくり待つのがいいんじゃないか?くらいしかいえない。

そんなことを考えつつパソコンショップの中を
品物を眺めながらぶらぶらしていると、
ふとヒトシの顔が頭に浮かぶ。今日2度目だ。

[第6章]

俺がヒトシと縁を切った理由の一つに、
彼とは付き合いきれないものを感じた、というのがあった。

向こうは俺のことを凄く尊敬していたみたいだ。

しかし所詮あいつは金持ち。
貧乏人の気持ちはわからない。

あいつとはいろんな話をしたが、
人生の話が出てきたとき、「俺はつらかった」
というと、大抵ヒトシは
「自分の方がつらかった」と言っていた。

確かにあいつもいじめられていた。
だからつらいのは分かる。しかし
いじめの辛さと貧乏でみじめの辛さを
いっしょにしてもらっちゃ困る。

あいつは食うもんをしっかり食ってる。
体格もふっくらしているし、私服も俺みたいな
ユニクロじゃなくていい服着ているし、
パソコンもゲームも、両親からお金を出してもらっている。

きっとあいつには、うちの晩飯がご飯とツナ缶と
ゆでたほうれん草だけだなんて想像できないだろう。
ていうかヒトシは「ひもじさに耐え切れない」っていう
経験を人生で一度でもしているのだろうか?
しかもその話には続きがある。家族からお遣いとして、
俺が59円のハンバーガーを4個だけを
夜10時にマクドナルドに買いに行かされたこと、
それを家族4人で食ったこと…このわびしさ、
ヒトシには絶対想像できないだろう。けっ。

貧乏の辛さも分からずに、自分の心の中の苦しみを
自慢されてもちょっと…と感じたね。

しかし、あいつはこの手の不幸自慢が好きみたいだ。
向こうにとっては
自慢したつもりじゃないのかもしれないが、
ゲーム制作のネタにかこつけてことあるごとに
自分の人生をふりかえって、話をしていた。

ま、こういう人生論を話して、
気が合わない相手というのは
結局いる世界が違うってことだ。
要するに縁がなかったということ。
いい加減忘れてしまおう。

…とはいえ、たまに奴のことを思い出してしまう。
そして気分が悪くなる。

大体この店内、暖房効きすぎだ。
暖かすぎるのは頭の働きをにぶくする。
だから変なことを考え出したんだ。
俺はいつも暖房は18度にしている。このくらいが
一番頭脳労働には丁度いいはずだ。

よし、もう店を出て、頭を冷やそう。
パソコンショップを出ると、粉雪が舞っていた。

[第7章]

数年ぶりの粉雪。
さすような冷たさ。
このまま雪が積もり、ホワイトクリスマスになるんだろうか…
…ふと、何年か前の記憶を思い出す。

小学校のころ…
雪が積もっていた。周囲の皆が雪合戦をしている。
人とのコミュニケーションが取れない俺は、
俺は一人で雪だるまを作っていた。
ようやく大き目の雪だるまが完成したところに、
誰かが投げた雪玉が飛んできて、雪だるまの頭に直撃した。
頭が地面に落ちてつぶれてしまった。

…俺は頭に血が上り、雪玉を投げた奴をぼこぼこに
してやった。
先生がかけつけ、俺は職員室に呼ばれた。

そう、俺は頭に血が上りやすい。
そしてこの性格、子供のころから全く変わっていない。

もし俺がもう少し耐え忍ぶことをできたら、
ヒトシとは親友でいられたかもしれない。
今もRPGツクール2000で共同制作し、
知恵を出し合って面白い作品を
作り上げることが出来ていたかもしれない。

今日の講演で出てきた「忍耐」という言葉…
案外、必要なのかもしれない。
忍耐だけでは、今の世の中を渡っていけない、
その考えを変えるつもりはない。
しかし、忍耐が足りなくて、損をしたこと、
対人関係にひびが入ったことは数知れない。

…ふと気が付くと、俺はそんなことを考えていた。
どうも俺はいつでも考え事をする癖が抜けない。

知らぬ間に俺は忍耐の大切さを悟り始めているようだ。
…でも、…と思い直す。
ちょっと考えを変えただけでどうにかなるなら、
とっくの昔に何とかしているだろう。

何しろ俺は、嫌な経験を忘れるのが苦手だ。
テストの暗記など大切なことは忘れてしまうくせに、
どうでもいいことばかり忘れられないのだ。
それだけならまだしも、一つ嫌なことが起きたとき、
それらの記憶が芋づる式にどんどん引き出されてくるのだ。

逆にいうと、一度我慢できないことがあって、
それに対して正当な批判をすることが出来ずに終わった場合、
後からそのシーンが人生で何度も何度もフラッシュバックし、
「あのときこう言っておけばよかった」「きちんと
言っておけば誤解されなかったのに」という気分に
なってしまうのである。

そんな性格の俺にとって、
忍耐は逆にあだにしかならない…そんなことを考えてしまう。

…だんだん、体が冷えてきた。
無理もない、パソコンショップを出て、ずっと
立ち止まっていたんだから。暖かすぎてもだめだが、
寒すぎてもろくなことを考えない。さっさと家に帰ろう。

足早に歩き出す。

…その時ふと、「余裕が足りない」という言葉がよぎる。
以前、ヒトシが俺に言った言葉だ。
そうだよな、今の俺には余裕が足りないのかもしれない。
今の俺は焦っている、
年度末までにツクール作品を仕上げないといけないから。
俺には時間がないんだ…あせらずにどうしろというんだろう。

こんなことを考えながら、雪の降る街を歩く。
まだ日は落ちていないが既に街は薄暗く、
行き交う人もまばらだ。

そんな時、ふと向こうの通りに見慣れた奴を見かける。
…ヒトシだ!
丁度ヒトシのことを考えていたときに、出会うとは…
でも、もう声はかけないで立ち去ることにした。

[第8章]

俺は今、焦っているんだ。
一日も早く完成させなければいけないんだ。
タイムリミットは刻々と迫っている。
ヒトシとなど話をする余裕は無い。

…いや、ただでさえあいつと話をしても、
俺の気が楽になるとは思えない。

そんなことを考えていると、向こうは道路で
手を振ってきた。

「ユキオさーん」

俺はそんな声など聞こえていないかのように、
足早に立ち去ろうとする。

追いかけてくるヒトシ。
しかし地面は雪がつもって歩きづらい。

見事に転んでしまったらしく、
その音が少し離れた俺の耳にも届く。
あまりの不肖さに半ばあきれてしまい、振り向くと、
漫画のように転んでもがいているヒトシがいた。

見ていられなくなり、駆けていき、手を貸した。
「ほら、起き上がるんだ」
そう、俺はヒトシのこういうところに
人間的な魅力を感じているのだ。

ダメダメな奴だが、精一杯生きている。
それがヒトシだ。
これでヒトシが女性だったらまだ絵になるんだがな…
なんてことを考えつつ。

ヒトシが体についた粉雪をはらい、おもむろに口を開く。
「お久しぶりです!」
俺は軽く相づちをうつ。
全く、過去の口論の事なんか記憶にないような
屈託のない表情だ。
ヒトシは息を切らしながら、話を続ける。
「寒いですね、こんなところで会うなんて!
僕もユキオさんのこと、丁度考えていた
ところなんですよ!
ここじゃ寒いから、喫茶店に入りましょうよ!
最近ここらへんにコーヒーのおいしいお店を
発見したんですよ!」

どう返事をするか、俺の中で一瞬のうちに
様々な思惑が交錯したが、数秒迷った末、
ヒトシについていくことにした。

ごまかすための言い訳もいくつか思いついたのだが、
それでもついていくことにした決定打は、
きっとヒトシがおごってくれることだった。
俺には金がない。ヒトシが行くような
贅沢な店には、一人では決して入れない。

…おっと、忍耐だとか縁だなんて
たいそうなこと考えていた俺が、
食い物につられるなんて意外に思ったかい?
でも、2つの選択肢があって判断に迷ったとき、
決め手になるのは、こういう
ほんの些細なことじゃないだろうか。
俺はそれに忠実に従っただけだ。

[第9章]

喫茶店の中。冷えた体が落ち着いてきた。
俺もヒトシも、以前の口論のことなど
持ち出さず、ただ雑談をしている。
俺も、雑談で返している。

割と趣味は合うため、様々な話でしばし盛り上がる。
ノーベル賞の田中耕一の話題、最近の近況、
ネットでおきている些細な事件のこと、
ツクールで出たゲームのこと…その他いろいろ…

話を切り出すタイミングをうかがっているのか、
それともただ俺と話をしているのが楽しいのか…
…きっと後者なんだろうなと思う。

と、そんな時、ツクールの話題がのぼる。
「で、最近RPGツクール2003が出ましたよね。」
「ああ、俺は買ってないけどな。」
「実は、今日、買ってきたんですよ。
うちに来て、一緒にやりましょうよ!」

一瞬、返答に迷った。「急いでいるから帰る」と
言えば、「なぜ?」ということになり、
制作の話題が出てくるのは避けられない。
今の段階でいちいち制作の話などしたくない。
それは、完成してからにしたい…。
………。

俺が回答に詰まっていると、
ヒトシは再び口を開く。
「何をするにしても、クリスマスくらい
ゆっくり休みましょうよ。
人間、余裕が必要だと思いますよ。」

…やはり、口には出していないが、
ヒトシには全て読まれていたのだ。
観念して口を開く。

「ああ、そうだな、ヒトシ。
俺、忍耐の意味を、少しずつ学んでいくことにするよ。
俺、お前が言うように忍耐の時期なんだよな…
こういう時期は、誰でも焦ってしまう。
余裕がなくなる。
でも、そのとおり、こんな時こそ余裕が必要なんだ。
クリスマスくらい、ゆっくり休むよ。」

[第10章]

こうして俺はクリスマスは制作を中断して、
休暇を取ることにした。
ヒトシとは再び制作協力をするという
話にはならなかったが、
少なくとも以前のように親友でいることは
できそうだ。

そうだ。俺には忍耐が足りなかった。
交友関係についても、制作についても。
忍耐が足りないと、焦ってしまう。
焦りが、さらなる焦りを産む。
何もいいことがない…。

今、冷静になって考えてみた。
決して、年度末までに間に合わないわけじゃない。
ゆっくり完成させよう。
そのために何が必要か…焦らないことだ。

そんなことを考えながら、ヒトシと一緒に
彼の家に向かった。
ヒトシの家族は、いつものように
俺をあたたかく受け入れてくれた。
「あら、ユキオさん、お久しぶりね」なんて言って。
俺とヒトシが口論したこと自体を
知らなかったのかもしれない。

ヒトシが席をはずしている間、
ヒトシのお母さんは、俺にさりげなくこう話した。
「ヒトシには、あんまり友達がいないの。
よく私にユキオさんの話をしてくれたわ。」
「………。」俺は無言で相づちを打っていた。

俺も、心に余裕が出来て、はじめて
相手の気持ちを受け入れる気が出来たような
気がした。

今はこうやって雑談をしている。
クリスマスが終わったら、当分は俺は制作に
没頭するため、こいつとも連絡をとらないだろう。
でも、ゲームが完成して、気持ちに
一段落ついたら、また楽しい話がしたいと思う。

そうだ。俺に足りないのは余裕だった。
そして、忍耐だった。縁が無かったわけじゃない。

…その後ヒトシの部屋でパソコンをいじることにした。
買ってきたRPGツクール2003を
一緒にやることになった。
俺はヒトシの部屋を見てつぶやいた。
「相変わらず、いろんなゲーム買ってるんだな。
ゼルダも買ったのか。これが予約特典かい?」

そのとき、ヒトシの表情が急変した。
俺は叫んだ「ど、どうした」

「バグで強制終了しちゃった!!」

どうやら、バグらしい。
ヒトシに話を聞くと、ツクール2003の
ネットでの情報は、見ていなかったらしい。
事情を話して、エンターブレインのサイトで
パッチを落とす。発売からまだ数日しか
経っていないのが、既にパッチが出ている。
これでようやくそのバグは直ったが、
またアイコンが消えたりするなど、
細かいバグが次々見つかる。

俺はプログラマー志望だから、これを見て
βバージョンなみの完成度で出さざるをえなかった
プログラマー達の心労がうかがえる。
しかしヒトシの方は、
相当にいらいらしている様子だった。

「なんでこんな欠陥商品を売るんだよ!」

そこで俺はプログラマーよりの事情をヒトシに
話した。経営判断上で仕方がなかったこと、
パッチが出るのを待つこと、
人が作ったものだから、ある意味仕方がないこと
などなど。
それでもヒトシはどうも釈然としない様子だ。

そこで最後にひと言、俺は言った。

「忍耐が大切なんだ。
だから、余裕をもって、待つんだ。」

一瞬の沈黙。
思わず、ヒトシは笑った。
俺も笑った。

そうだよな、この笑顔が一番いいんだ。
余裕が一番必要なんだ、いろんな意味で。

こうして、イブの夜はおごそかに暮れていく。
あくせく働いているみんな、受験生の諸君も、
クリスマスくらい、ゆっくり休んでも
いいんじゃないだろうか。

Merry, Christmas!

2002年12月22日

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