『ユキオ・第3の手記』

この文書について:
今年(2003年)も、ユキオ氏が手記を書いたようです。
読んでいて興味深かったので、彼の許可を得て、
神無月サスケが自分のHPに転載することにしました。

[転載者情報]

神無月サスケ(ktakaki@cronos.ocn.ne.jp)
「さすけの妄想劇場 Ver.3」
http://www9.ocn.ne.jp/~ktakaki/mousou/

なお、文中に出てくる「8月ごろ手記を依頼した人」とは
僕こと神無月サスケのことです。
彼もうつ病だったようですが、克服したようで
本当に安心しています。
ユキオ氏の今後の活躍に期待。

2003年12月23日

[第1章]

俺の名前はユキオ。
毎年この時期になると手記を書いている。
ネット上で誰かが俺の手記を公開しているらしく、
俺の名前を知っている人も少なくないと思う。

そういう人はお久しぶり。そうでない人ははじめまして。
はじめましての方に説明しておくと、
俺は去年まで高校生だった。
去年のクリスマスの時点で、既にプログラマとして
内定をもらっていたんだ。
いわゆるナード、パソコンオタクだ。
その中でも特に、RPGツクールを使うことは大好きだ。
これを読んでいる君達の中にも、
ツクーラーは多いんじゃないだろうか。いつかは俺も
皆に評価してもらえるゲームを作りたいと思っている。

さて。今年もなんかいろいろとあったらしいな。
今年の漢字が「虎」だったところを見ると、最大のニュースは
やはり阪神タイガースなんだろうが、
俺はそれどころじゃなかった。
俺の最大のニュースは俺自身がうつ病になってしまったことだ。

[第2章]

実は8月ごろ、ある人から「手記を書いてくれないか」と
依頼を受けたんだが断った。
丁度そのころがうつ病のピークで何をする気もなかったから。
ずっと寝ていたかった。だから寝ていた。

仮に書けたとしても、こんな精神状態では、
ろくな文章になりゃしねえだろうし。
逆に、こういうときだからこそ手記を書いて、
最後に「あなたがこの文章を読んでいるときには、
わたしはもうこの世にはいないでしょう」なんて
文面でしめくくっても、ある意味面白かったかもしれないけれどな。

そう、知っている人は知っていると思うが、
「あなたがこの文章を〜」の元ネタは夏目漱石の「こころ」。
そこで友人Kが主人公にあてた手紙、というか遺書だよ。

これ読んでる皆さんは「こころ」は読んだだろうか。
俺は高校のころ、教科書に一部が載っているのを見て、
あまりのすごさに思わず文庫を買って読んだんだ。
君達もまだなら、読んでみな。絶対おすすめだよ。

……文学的に高い価値があるってだけじゃなくて、
読んでいてマジ笑える。匿名掲示板の言葉でいうなら
友人Kが痛すぎる。夏目漱石マンセーって感じ。

「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」と主人公に
言われて「僕は馬鹿だ」ショックを受ける。
主人公に裏切られ思いを寄せている女性を取られて自殺する。
そんなことで自殺するなよ!って思ってしまう。
………。

……まあ、言い過ぎた。ふと我に返ってそう思う。
こんなことを言ってしまうのも、
俺が今、まだまだうつ病を引きずってて
心が不安定だからな、そう思ってしまう。

[第3章]

それも仕方ないか。
俺は今年一年、ろくなことがなかった。
「もう、甘っちょろい救いなんてこの世には存在しないんだ」
というのが理解できた、それが今年の一番の感想だ。

今年の3月に高校を卒業し、プログラマーとして就職したものの、
うつ病になってしまい、仕事ができなくなり、休職中。
今では少し落ち着いてきて、こんな文章がかけるまでに
なっている。

不幸中の幸いは、退職じゃなくて休職扱いにしてくれたこと
だろうな。就職難の時代だし、上司が俺の気を遣ってくれたんだ。
それどころか、家族も心配してくれている。
これほど周囲に感謝したことってなかったよ。

でも、俺だってずっと苦しかったんだ。
傍目に観るとただ怠けているだけにしか見えないとしても。
この苦しみ、同じ病を持つものにしか分からない。

うつ病の診断がついていなかったら、単なる怠け者として
扱われていたかもしれない。
俺は精神科に行ってよかったと思っている。
精神科に行かずに診断をもらえず、周囲から怠け者として
扱われているうつ病の人は案外多いかもしれない。
本当に気の毒だ……そんな風に思う。

それにしてもうつ病っていうのは、つらい。
特に、何をしても楽しく感じられないのが、相当つらい。
こうやって今だからこそ冷静に、冗談も交えながら
かけるんだけれど、一時期は本当にしゃれにならなかった。

これを読んでいる君達は、いろいろと趣味があるだろう。
ツクールのゲームをプレーしたり、自分で作ったり、
それだけで充実した時間をすごせるってものだろう。
俺も、以前ならフリーゲームを探しては
ダウンロードして時間をつぶすのがこの上ない楽しみだったんだ。

それがうつ病になってから、変わってしまった。
俺はゲームをやる気力すらおきなくなった。
それでも無理してプレーするんだけれど、楽しめない。
ため息が出てくる。

趣味や対人関係を楽しめる物のある人は、
いくら仕事がきつい状態でも、案外乗り越えられるものだ。
楽しいことが楽しめない、というのはそれだけで
生きていくうえで大きな負担になる。

[第4章]

俺はこの仕事、プログラマーになる以前も
ずっとコンピューターに向かいっぱなしだった。
学業もそこそこに、ツクールでゲームを作っていた。
そして充実を感じていた。

そして就職してからも、仕事で一日中
コンピューターに向かい続けていた。
俺はそれに何の疑問も感じていなかった。
それどころか、自ら望んで、一人で開発することを
望んだ。上司達の間でも「凄腕の新入社員」と評判も上々だった。
最高の滑り出し。

……GWを過ぎるあたりまでは。

5月のある日、パソコンに向かっていて急に
違和感を感じた。なんだか、突然不安を感じて
作業が手につかなくなった。

俺は自分に起きたことが理解できなかった。
しかし数分すれば気持ちは治まったので、
そのまま作業をつづけた。

しかしそれからも、そういう気持ちになることが
増えてきた。週1回から、2回……
徐々に、頻繁に現れてきた。

だんだん日常の仕事が手につかなくなってきた。

朝起きるのもおっくうになった。
そしてついには、会社に行く途中にある川辺に
こしかけてため息をつきながらずーっと夕方まで
川を眺めていた。

無断欠勤。ついに上司も心配してくれて、
精神科に行くことになったよ。
一発でうつ病と診断されてしまった。
こうして7月末、ついに俺は休みを取ることにした。

そのまま、俺は今日まで療養してきた。
一時期は外に出るのもおっくうだったが、
ようやく街を歩けるようにもなってきた。
できれば早く復職したいと思っている。

俺がうつ病になった理由は、自分でもうすうす分かっている。
ずっとパソコンに向かう生活を続けていたから
心と身体に限界が来てしまったんだろう。

1人でずっと考え込んでいても仕方がない。
人に会う気力が出てきたら、なるべく人と
接触することが大切だ。
よし、家の中でうじうじ考えていても仕方がない。
あてもなく外出することにした。

[第5章]

一週間ぶりの外出。近所ばかり回るのも
飽きてきたので、電車に乗って街に向かう。

街はクリスマス一色。あちこちから
クリスマスソングが聴こえてくる。
もっとも、クリスマスソングだけなら
11月から鳴らしていたんだろうけど。

冬の寒さにもかかわらず、俺はソフトクリームを買い、
街を歩いていた。

数日前は木枯らしが吹き荒れ、家で寝ていても
寒くて仕方がなかったが、今日は比較的暖かい。
人出もいつもの冬より多いみたいだ。

そして……やたらカップルが目につく。

ぼんやりと眺めながら、なるほど、
確かにクリスマスイブだな、と実感する。

一年前の俺だったら、きっとカップルを見て
腹を立てていただろう、
「キリスト教のお祭りに馬鹿騒ぎしやがって。
なんでこうも宗教的儀式にかこつけて馬鹿騒ぎをするのが
好きな民族なのかねえ。俺だったらイスラム教の
ラマダンを流行らせたいよ。」なんて言って。

しかし、うつ病になってから変わった。
今の俺には怒りの感情が沸いて来ない。
エネルギーが枯渇してしまったようだ。
代わりに、純粋に、彼らがうらやましいという
感情がわきあがってきた。

ああ、俺は孤独だ、人恋しい……。
この感情、うつ病になる前には決して
感じなかったものだ。寂しいとも違う、
人恋しくて、胸が苦しい。

……でも、人恋しさを感じるだけ、まだましだ。
うつ状態がひどかったときは、人に会うことさえ
億劫だったんだから。

そんなことを考えながら歩いている。
食べていたソフトクリームが一気に俺の身体を
徐々に芯から冷やし始めたのが分かる。
心寒さにも堪えられないし、
寒気にも堪えられなくなってきた。

ソフトクリームなんか買うんじゃなかった。少し後悔。
でも、俺はこの夏、一度もそこのソフトを食べられ
なかったんだ。
テレビで紹介された、評判の店らしいが、
俺はうつ病で、外出する気力なんかなかった。
仮にその時食っても、うまいとすら感じられなかったはずだ。

うまいものを食ってうまいと感じられる。
それだけでも幸せなんだ。俺は今、それを実感している。

……とはいえ、暖かい物が欲しい。
コーヒーが飲みたい!

俺は近くの喫茶店に駆け込んだ。

[第6章]

俺は窓側の席についた。
暖房のきいた部屋の中。来ていたジャケットを
脱いで、ため息をつく。窓から見える景色もいい。
この界隈は人通りが多いのに、
この周囲だけは、街路樹も多くて気分が落ち着く。

店内にはクリスマスツリーが飾られている。
装飾もクリスマス風になっている。
俺はもっと落ち着きたかったんだけど、
それもいいだろう。

コーヒーを注文してぼんやりしていると、
ふと周囲の客の紙袋が目に留まる。
おそらく、子供へのクリスマスプレゼントなんだろう、
玩具屋の紙袋。リボンのかけてある箱が覗かせている。

それを見ながら、いろんな考えが頭に浮かぶ。

何かの映画で「人生はチョコレートの箱のようなもの。
開けてみるまで中身は分からない」っていう台詞が
あったよなあ。

……プレゼントっていうのも、箱を開けてみるまで、
中身が分からないのが楽しみの一つだ。
でも、俺はこの夏以来、人生というプレゼントの
箱の中身に期待が持てなくなってしまった。

俺の人生、これまでろくなことがなかった。
プレゼントをもらったはずなのに、
箱を開けてみたら、多くの場合空箱、ひどい場合には
剃刀が飛び出してきた。

今年がまさにその典型例だ。自分の望みの職種という
すばらしいプレゼントを勝ち取ったはずだった。
でも箱を開けてみると、うつ病で休職という
おまけ付き。やれやれ、もう俺は疲れた。

1度でいいから、きちんと俺好みのアイテムが入った
プレゼントの箱を開けてみたい。

「お待ちどうさま」

そんなことを考えている俺のもとに、
ウェイトレスがコーヒーを持ってきた。

やれやれ、なんかろくなこと考えないな、俺は。
まあ、前からかもしれないが。
うつ病もなおってきた事だし、人生これから。
もう少し前向きに考えよう。

[第7章]

コーヒーを飲みながら、
ふとヒトシのことを思い出す。俺の数少ない親友だ。

ヒトシは2年前からの親友だ。
昔は俺があいつをいじめていたんだけれど、
あいつの親切さに感激して、それから
深い交友関係が続いている。
お互い、友達が少ない者どうし、いろいろと話が合っていた。

俺の家はあまりお金がなかったのだが、彼の家は
お金があるらしく、ヒトシもお小遣いをたくさん
もらっているらしい。そういうわけで、よくおごって
もらっていた。そういう意味でもいい親友を
持ったな、と思っていた。

交友関係には、何度か中断はあった。
そして今も、中断している。
今年のGWごろまでは頻繁にメールのやりとりを
していたのだけれど、
その後やつは携帯電話を変えたらしく、音信不通になってしまった。
俺のほうが全然連絡を取らないのがいけなかったんだ。
4月、まだ俺が元気なころ、あいつは俺に電話をかけてきていたのに
俺は「仕事が忙しいから」と適当にあしらっていたのが
いけなかったんだ。

携帯電話がつながらなくても、自宅の電話番号も、
自宅の住所も知っているし、学生時代はしょっちゅう
遊びに行っていたはずなのに、だんだん疎遠になり、
そのタイミングで俺がうつ病になりはじめ、
それ以来会っていない。

よし、久々に遊びに行こう。自宅に電話をかけよう。
ヒトシはいるかな……。

携帯電話で、ヒトシの家に電話をかけた。
しかし、留守電。仕方がないな。また夕方かけなおそう。

そう考えたその時。
ふと窓の外を見ると、見慣れた顔が。

ヒトシだ!

急いで外に出ようかと思ったが、……

女の子と2人で並んで、親しそうに会話をしながら歩いていた。

俺は頭の中が真っ白になった。

ヒトシまで彼女と一緒なのか……。
去年はホームパーティーを開いて、俺も呼んでくれた。
それなのに……今年は親友の俺より彼女を選んだのか……。

プレゼントの箱を開けたら、火がつき爆発した……
まさにそんな気持ちだった。

[第8章]

俺は店を出た。気が気でなかった。

お互い友達が少ない者同士、申し合わせていたことが
あったはずだ。ぬけがけなんかやめよう、
そういう事だって了解済みだったはずだ。

携帯電話を変えたのは、ひょっとして彼女と
連絡を取るためなのか?俺が邪魔なのか?

確かに、俺は忙しいからと言って、あいつと
連絡をあまり取らなかった。
でも、親友との約束を破るものか?

……どんどん深みにはまりこんでいく。
人恋しさ、この感情が抑えられない。
思わず叫び出したくなる。

電車の座席に座っているのだが、座っていられない。
衝動をこらえるのに必死だ。

……そうだ、非があるのは完全に俺のほうだ。
愛想を尽かされたんじゃないか……
だって携帯電話を変えるのなら、番号くらい
教えてくれても良かったんじゃないか、
それをしてくれないっていうのは……

ああ、うつ病が再発しそうだ。
いや、この衝動はうつ病とは違う。
さらに俺の深いところから来ている感情だ。

……もう、俺は堪えられない。

……消えてしまいたい。

……

気がついたら、俺は自分の部屋にいた。
どうやって帰り着いたのかは覚えていない。
ひょっとしたら大声で叫んでいたかもしれない。
暴れていたかもしれない。

ただ、今も頭の中で思考がぐるぐる回り続けている。
それだけは恐ろしいくらい理解できる。

[第9章]

俺は衝動的に、メモ帳を取り出した。
思いを書き始めた。

浮かんできたフレーズはこれだった。
「ヒトシ、お前がこの文章を読んでいるときは、
俺はもうこの世にはいないだろう」

その文章の意味するところを俺の脳みそが
解釈する暇もなく、俺の手が動いていた。

そうだ、俺はもうここで消えてしまおう。
……次々に筆が進んでいく。

俺はこの数ヶ月を覚えている。
ずっと思っていた、消えてしまいたい、
俺はこの世に必要ない人間なんだ。
俺はずっと眠ることによって、やりすごしてきた。

その時も、つらかった。
でも今、それを乗り越えたと思ったときに
突然襲ってきた絶望感。人恋しさの感情を
奮い上がらせる恐怖を伴った感情。

文字通り、俺自身という人間を消してしまいたい。
いなくなってしまいたい。
世の中のすべてが、俺を敵対視している。
俺は孤独だ。これだけは決して変えようがない。

ヒトシ、かつてお前は俺を無二の親友だと言った。
俺もそれを認めていた。
でも、俺と彼女をはかりにかけて、後者を選んだ。
俺はもう、必要とされていない、そう強く感じた。

俺は、この世から消える。
彼女を幸せにしてくれ。

……

さあ、ヒトシに向けた遺書は書き上げた。
まだ激しい胸の鼓動を感じる。

ポストに投函しに行こう……。

と、その時、電話が鳴った。
家族は外出中で俺1人だった。

深呼吸をして電話に出た。
電話の主は、ヒトシだった。
戦慄が走った。

[第10章]

「ユキオさん、お久しぶりですね!
今日、暇ですか?」

しばらく、世間話が続いた。

俺は臨戦態勢でユキオの話を聞いていた。
きっと彼女のことを話すのだろう。
情けは無用だ、話してくれ、
俺は心の中で祈っていた。

しかしこいつはなかなか口を割らない。
俺はもう堪えられなくなって、こちらから
話を切り出した。

「彼女を幸せにしてやれ。」
「彼女?」

どうも何か様子がおかしい。
今日の喫茶店で、ヒトシと彼女を見かけたことを
俺は話した。

「ああ、ユカちゃんのこと?
なんだ、彼女なんていうから、誰のことかと思ったよ。」

詳しく話を聞くと、一緒に歩いていた女性は、
ヒトシのいとこなのだという。
冬休みを利用して遊びに来ていたので、
ヒトシが案内していたんだそうだ。

完全に俺は誤解していたのだ。

「……」
思わずため息がもれた。

「でもユキオさんが元気になっているようで、
うれしいです。今夜、ホームパーティーやるから、
ユキオさん、来てください!」

ああ、俺もちょっと早く来て
手伝うよ……そんなことを言って電話を切った。

電話の後、気持ちが落ち着いていくのを感じた。
こんな安堵感を覚えたのは、生まれて初めてかもしれない。

部屋に戻って、机の上にある遺書。
すでに封をしてしまっていたが、
それを開け、改めて読み返した。

……

もはや笑うしかないとはこのことだ。
「これじゃ俺、こころの友人Kじゃないか!」と
思ってしまう。
なんてこった。俺はこころの友人Kをあれほど
笑っていたのに、まさに俺がその状況に
なってしまっていたとは……。

気を取り直して俺は、ヒトシの家に向かうことにした。

道すがら。俺はいろんなことを考えていた。

人だから勘違いもする。
しかし、状況が悪いと、前後の判断ができなくなり、
こういう勘違いを繰り返し、
どんどん深みにはまっていく。
俺はもう少し余裕が必要なんだ。
物事を冷静に受け止めるだけの余裕が……。

[第11章]

こうして、ヒトシの家に呼ばれた。
ユカさんや俺を交えて、かなり楽しい会話が
盛り上がった。

ユカさんは言った、
「ヒトシ君から聞いています。
ユキオさんって、ゲーム作るんですよね。」

ヒトシ「あ、そうだ。
ユキオさんのために、プレゼントを用意していたんだ。
いつか元気になったらプレゼントしようと思っていたけれど、
丁度、クリスマスになった。おめでたいなあ。」

ヒトシはそう言って、2階の押入れから
箱を取り出してきた。

プレゼントの箱を開ける。ゲーム機が入っていた。
俺が欲しかった、DVDも観られるあれだ。
お金がなくて、うちでは買えなかったというのに。

「箱を開けて中を見てみてくださいよ。」

箱を開けてみた。俺はそれを見て驚いた。

ゲーム機の側面に、
俺が以前作ったゲームのキャラがプリントされていた。
RPGツクール2000のエディタを起動して、ロゴや一枚絵の
素材を抜き出し、加工したものだった。

「これ、本当に、俺が……いいのか?」
「ユキオさんのために、業者にプリントしてもらった、
特注品なんです。」
「……。」

そう、コンテストパークに送ったんだけれど、
あと一歩賞とまりだった、あのゲーム。
でも俺は、自分のキャラには非常に愛着を持っていた。

ヒトシはそれを分かっていた。
そしてヒトシは金の使い方を知っていた。
俺が何をすれば喜ぶか、一番知っていたんだ。

ああ、涙が出てきたよ。

ここまで気を遣えるようになったヒトシ、
ひょっとしたら以前と違って、友達の2、3人は
できているに違いない。
それでも俺には親友として慕ってくれる。

俺が逆の立場だったら、ここまでヒトシのことを
思いやれただろうか?
いくら自分にお金があって、相手がうつ病だったと言っても、
ここまではできなかったに違いない。
いや、友達ができたら、その新しい友達とばかり
付き合って、ヒトシのことをおざなりにしていたかもしれない……

俺は、自分の至らなさにも気が付き、
涙が止まらなかった。

……俺も落ちたものだ、以前からそれは感じていた。
しかし、もっと事態は深刻だった。
結局俺は1人取り残されたんだ。
仕事ででも、人間関係ででも。

それは俺がこうやって自分のことばかり考えていたからだ。
俺は自分勝手だった。
しかも勝手な判断で、相手を悪者に
仕立て上げてしまう。

数年前から俺は全然成長していない。
一方で、ヒトシは成長した。

ふと、ヒトシから、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と
いわれたような感覚にとらわれた。

ヒトシは「そんなに喜んでくれるなんてうれしいなあ」
なんて言ってくれたけれど。
うん、間違いなく、
ヒトシは知らないうちに、とんでもなく成長していた。

感謝とふがいなさの涙が止まらない。
ヒトシの家族といとこが目の前にいるのも
気にせず、男泣きしてしまった。

[第12章]

こうして、俺はヒトシやユカさん達と楽しい時間を過ごした。

目の前のご馳走にも舌鼓を打った。
これまで俺は食欲がなかった。空腹のはずなのに
何を食べてもうまいと感じられなかった。
しかし、今は違う。久々に、食が進む。

ふと、再びゲームの話題になる。
「ユキオさん、今年もゲームを作り上げたんだそうですね。
ヒトシ君から聞きました。今度プレーさせてくださいね。」

一瞬、ひらめきが起きた。そして俺は答えた。
「実はそのゲーム、シナリオを作り直してリメイク
しようと思っているんです。来年の夏まで待ってください」

そう、シナリオを作り直そう。そう決心した。
これまで、俺は何をするにしても、周囲に目がいかなかった。
それはゲームを作るときでも同じだった気がする。
ユカさんのような人が楽しんでくれるゲームを
俺だって作れるはずだ。

そう、次は僕が皆に、いいプレゼントを
ラッピングして渡す番だ。

俺はそう強く実感した。

……こうして、その夜は楽しく語り明かした。
明日から、そして来年に向けて、俺は頑張る。
来年、早ければ年明けにも復職できるだろう。
そうしたら今度は、もっと周囲のメンバーに
興味を持とう。

交友関係でも、ヒトシの財布にすがるばかりではなく、
ギブアンドテイクを心がけよう……
周囲の皆のことを思いやりながら生きていこう……
そんな気持ちになった。

まずは、これを読んでくれた読者のあなたに感謝しよう。
そして幸せなクリスマスを過ごせることを祈っている。

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