梓999

ジャンル:アドベンチャー
プラットフォーム:PC-9801/21 DOS3.3以降 (Dante98作品)
作者:曽我部一郎さん
種別:コンテストパーク入賞作品(フリーソフト)
ダウンロード先:コンテストパーク過去の受賞作品
入賞歴など:コンテストパーク97年10月入賞(賞金68,000円)

ゲームの内容:人生に疲れ果て、列車の踏み切りから飛び込み自殺をした 少年ホープ。気が付くと彼は列車の中にいた。列車の名前は「梓(あずさ)999」。 ホープは、銀河鉄道999の車掌さんをほうふつとさせる「助手」のもとで、 列車の中でのおつかいを頼まれてこなしていくことにするのだが、そのうち徐々に 真実を知っていく。この列車の乗客は皆、自殺をした人ばかりだったのだ。
ホープは、自殺したことを後悔しはじめ、生き返るために与えられた課題 「乗客を説得して、一人でいいから自殺を踏みとどまらせて生き返ることに 同意させること」に挑戦するのだが・・・・。


メインテーマは「自殺」

まず、最初に白状しておくと、僕は完全自殺マニュアルも読んだし、 デュルケムの「自殺論」も読みました。かなり人生について思い悩んだ時期を越えて きているので、こういう重たい話にはかなり惹かれる方なのです。

しかし、そんな僕でもこのゲームにはやられました。凄いです。 何しろ、初っ端、踏み切りの前に主人公が立っているのですよ。 そして予想通り、出てくる選択肢が「飛び込む/飛び込まない」。 大抵の人は「飛び込まない」を選ぶでしょうね。 しかし、そうすればつつがなくゲーム終了、とあいなるのです。

そう、このゲームはここで「飛び込む」を 選びたくなるような、人生に苦悩を感じていたり無気力を感じていたりする人、 丁度このゲームをプレーしていたころの98年の僕のような心理状況の人に向けて 作られたもの、と解釈していいでしょう。

序盤から終盤まで一貫して重たいシナリオ

とにかく、このゲームのシナリオは重たいです。序盤から、胸が苦しくなるような 重たさに満ちています。例えば、序盤のシナリオを例にとってみましょう・・・・

ホープが苦しんでいる人を見かける。 その人を救うために、とクスリを渡されるのだが、実はそのクスリは、 安楽死のためのクスリ(ブロバリンか何か?)だったのだ。 そして列車の中で人が死ぬと、彼(彼女)は燃料となる。 クスリを飲んだ男も、燃料のかけらとなってしまった。 そう、この列車を動かしているのは、人の死によってもたらされる燃料・・・・・。
ネタバレで申し訳ないが、いかがだったでしょうか。 しかも、これがクライマックス、なのではなく、序盤です。そう、 始終この重さなのです。
「生きることの重さ」というのは一体どういうことなのか。
「人一人の命は地球よりも重い」というのはどのくらい真実なのだろうか・・・・・。
そもそも「生きていく」とは どういうことなのか。
そんな考えが、ゲームのプレー中に何度も何度も浮かんできました。

しかも、このゲーム、話が進むにつれて、どんどん深く、重くなっていきます。 特に、後半の「乗客一人一人に説得して自殺を踏みとどまらせるため、 彼らが自殺するに至ったエピソードをホープが一つ一つ見ていく」というのが凄いです。 殺人者、女子高生、娘を持つ元兵隊さん、と様々な人たちの生活での苦悩、 不幸が語られ、自殺するに至ったエピソードが見えてきます。

この中で、特にひどかったエピソードが殺人犯ジャックのエピソード。 彼が幼いころの話で、 「保育園に放火されて、彼(ジャック)以外みんな死んでしまう」というもの。
焼け跡で、真っ黒焦げになった保母さん および子供達の死体を見せられます。 ご存知の方もいるかもしれませんが、 スーファミなどのコンシューマーでは、黒焦げ死体は御法度です。 「メタルマックス2」というゲームでは、死体のグラフィックが黒焦げでしたが、 任天堂から修正を受けて天ぷらのような色に直されていました。 黒焦げ死体というのは、そのくらい残酷なのです。しかも、子供の、です。 あまりのむごさに、なんともいえない重たい気分になりました。
しかし、僕としてはこの作者には賞賛を送りたい。なぜなら、このシナリオの重さは、 「ここまでしないと表現できないものだった」と思うからです。 このシーンがなかったら、僕はそこまでショックを受けることはなかったでしょう。 「人間を殺人に駆り立てるもの」を表現するためには、殺人者の脳裏にある 「トラウマ」を描くことが必要だと思うのです。そしてそれをプレイヤーに 理解させるためには、ここまで表現しないと、「なぜ彼は殺人に走ったのか」 がわからず、ひいては「子供を殺すのほど残酷なことはない」という訴えには つながらないと思います。そしてそういうことが出来るのは、前述の通り、 アマチュアの特典です。
梓999は、このような重たさも含めて、しっかりと描き切ることに専念した 作品であるといえます。

効果音、美しいグラフィックによる秀逸な演出

それだけ重たいゲームでも、途中で「やめてしまおう」という気分に一度も ならなかった、その理由を考えていったのですが、やはり「演出の素晴らしさ」は 大きいと思うのです。そう、このゲームは演出の素晴らしさが特筆されます。

まずBGM。音楽は流れておらず、ずっと「ゴトン、ゴトン」っていう列車の 音だけが響いており、かなりいい雰囲気にしあがっています。

グラフィックも秀逸です。98は16色なのですが、場面に応じてモノクロに したり、その中で赤い色が際立っていたり、とかなりうまい色使いがなされています。 また、薬びんがころころと転がっていたり、子供がお手玉をしていたり、と ハイライトに使われた「アニメによる動き」がいっそう演出を際立てており、 結果としてシナリオの「ずんとくる重さ」を視覚的に表現しています。

このゲームを推す人たちの中には、とりわけこの「グラフィックの秀逸さ」を 挙げる人が多いのも特徴で、これを見るためにもプレーする価値がある、といえるでしょう。

「だからこそ・・・・生きていくって素晴らしいこと」

このゲームは、どちらかというと物語を追っていくタイプで、いわゆる「ゲーム性」は それほど高くありません。しかも、結構謎解きに詰まってしまったり、 列車の中を延々と歩くはめになったり、と、ゲームとしてみるとやや鼻に付くところも あります。でも、それらを差し引いても余りあるだけの、 プレーする価値のあるシナリオであるといえます。

そう、ここまで話してきたように、とにかく「重たい」のです。 しかしその重さの中から、いろいろと考えていくことが出来る、そのようなタイプの ゲームです。いろいろと思いを巡らせてみたい人には是非プレーして欲しいです。
・・・・・ここからは完全な私見で申し訳ないのですが、現在「賭博黙示録カイジ」という 漫画がありますが、そこでの屋上からの鉄骨渡りのシーン、そのくらいの重さが この「梓999」にはあります。カイジの周りの人がどんどん落ちて死んでいく。 そんな中で苦悶し葛藤するカイジと、誰も救えない無力に立ちつくすホープ、 この重さがどこか似ているような気がするのです。

現代、特に不況と言われた数年前は、「家族のために」と自殺をする中年層が 続出していた、といいます。少年犯罪が社会面を賑わせていますが、その裏で 少年の自殺のニュースもしょっちゅう飛び込んできます。もはや自殺は日常化して しまったのでしょうか・・・・・。このゲームは、そんな問題提起をしているように 思えてなりません。


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